強い風が、建物全体を揺らし、ぎしぎし、と気味の悪い音がする。
(嵐でもくるんでしょうかね……嫌だな……)
そんな事をぼんやりと思いながら眠りについた所為だろうか、総司は夜中に飛び起きた。
「うわぁ……」
「沖田先生?」
「あ、ああ、神谷さん」
「はい、生きてます」
総司は額の汗をぬぐって、隣の清三郎をじっとみた。
「夢……」
「夢、ですか?」
「起こしてしまいましたね、まだ起きるには早いです。神谷さんは寝てください」
「あ、はい」
 総司は清三郎が横になるのを見届けて、そっと部屋を抜け出した。
井戸へ向かい、水浴びをする。びゅうびゅうと強い風が総司の体を叩く。
「ふぅっ……」
詰めていた息を、ようやく吐き出す。
(夢でよかった……本当に)
 
 夢の中で自分の手は、清三郎を助けられなかった。
嵐に乗じて襲い掛かる、刺客。
清三郎めがけて振り下ろされる刃、ゆっくりと崩れ落ちる、体。
抱き上げると温かい体、滴る血。雨が降り、辺りに血を広げていく。
どこまでも赤い湖は広がりつづけ、総司はその中で必死に叫びもがいていた。
 なんとも、生々しい夢だった。
目覚めて暫くたった今もまだ、体中にぐったりした清三郎の感触が残っている。

 「神谷さんを死なせるわけにはいかないんです」
総司はきゅっと唇を結び、暫し空を眺めた。
(あの娘には誰よりも幸せになって欲しい)
そう言ったら、山南さんは、「総司が幸せにしてやればいいんだよ」と笑っていた。
それがどういうことだか、総司にはまだよくわからない。

 部屋に戻ると、清三郎はよく眠っていた。
雲の間から顔を出した月が、清三郎の顔を美しく彩る。
思わず総司は、清三郎の頬に触れた。
(神谷さん、あなたはやはり、男に護られるべき立場の女子ですよ)
こんな事を直に言えば、間違いなく『私は武士です』と怒るに決まっている。
(そうです、あなたに気が付かれないよう私が護ればいいんですよね)
そう思い至り、くふふ、と総司は嬉しそうに笑った。