悪戯


 起床の太鼓がなり、一番隊隊士達が、ごそごそと起きはじめた頃。
 セイはすでに身支度を終えて総司の枕元に座っていた。その口元には、笑みが浮かんでいる。
 幸せそうな顔をして眠る、総司の身元に口をつけて、何かを囁いた。
「う、うわぁぁぁ! おは、おは、おはようございますッ!」
 総司は勢い良く布団から飛び起きた。
 一斉に、隊士がそちらを見る。
 そこにはお腹を抱えてげらげらと笑い転げるセイと、敷き布団の上に、真っ赤な顔をして立ち尽くす、総司の姿。
「沖田先生、おはようございます」
 口々に声をかけられ、総司はようやく我にかえる。
「ああ、みなさん、おはようございます……」
 総司は、大きく溜め息をついて、布団の上に座り込んだ。
 恨めしげに見る愛しい彼女は、総司のそんな視線に露ほども気がつかず、もう隊士たちと今朝見た夢の話しで盛り上がっている。
(神谷さん、朝からあれはないですよぅ……)
 
 総司が、着替えをしていると、平隊士の一人が吃驚した顔で、総司の傍によってきた。
「沖田先生、それ、どうしたんですか? 昨日の夜はなかったですよね?」
「それってどれですか?」
 おろおろとした隊士が、どこにあったのか鏡を持ってきて、総司に持たせた。
「よく、見てくださいね」
 見る見るうちに総司の顔が青ざめた。首筋やら胸元やら、あちこちに、明らかにそれとわかる、赤いものがついている。
「どうしましょーっ! ていうか、つけられた覚えがないんですけどー……」
(沖田先生、寝こみ襲われて気がつかないって、剣客としてどうでしょう)
 そんなことを思っている隊士の肩を掴んで、総司は今にも泣きそうだ。総司をはじめ、隊士が途方にくれているその時、セイはひとり廊下へ駆けだし、げらげらと笑い転げていた。
 総司の寝こみを襲った犯人はもちろん、セイである。

 「沖田先生、いくらなんでもそれは不自然ですよ?」
 セイが、笑いを堪えた表情で総司に言う。怪我をしたわけでもないのに、首から肩から胸から、包帯がびっしりと巻かれているのだ。
「仕方がないでしょう」
 とぼとぼ、と朝餉に向かう総司は不運にも、土方と出会ってしまった。
「お、総司、寝こみを襲われたらしいな」
「な、なんでそれ……」
「どれ、見せてみろ」
 ぐいっと包帯を引っ張られて総司は、かえるが潰れたような声をあげた。
「あっはっは! 花が大量に咲いてらぁ! 誰だ、こんな粋なことをしやがったのは!」
「歳三さんのいじわる〜っ!」
 土方とセイの爆笑が辺りに響き渡った。

 (ほんとに、神谷さんたら、どこであんな悪戯を覚えたんでしょうねっ!)
 総司はぷんぷん怒りながら、セイの姿を探していた。最も寝こみを襲ったのがセイだとハッキリとした証拠があがったわけではないのだが……。
 第一、耳元で、艶っぽく
「総司様、おはようございます……うふっ……」
 などと毎朝やられてはたまらない。それにどう考えても、自分にこんな悪戯をできるのは、セイしか居ない。他の隊士たちが、自分の肌に口付ける、なんて事は有り得ない。
(だいたい、あんなにげらげら笑い転げること自体、自分が犯人だって言ってるようなものですよ。大方、原田さんあたりの話しを聞いているうちに、思いついたんでしょう……)
 大当たり、である。

 その頃、当のセイは、原田や永倉から、閨での手練手管を根掘り葉掘り微に入り細に渡って聞いていた。
 勿論、次回の悪戯の参考にするためである。