刀 「なんだとっ! もう一度言ってみろっ!」 「ぎゃああ!」 「神谷! 俺達が悪かった!」 「謝るから、刀をしまえーっ!」 「逃げるか! 抜けっ!」 「私闘は切腹だぞ!」 「覚悟の上だ!」 どたどた、ばたばた、と若い隊士たちが逃げ回る。 その後を神谷清三郎が怒鳴りながら追いまわす。 近頃、清三郎は荒れていた。 密かに、「刀に憑かれたのでは」と案ずるものが出るほどだ。 とにかく、すぐに刀を抜く。誰彼構わずどこでも彼処でも、抜く。 無意識の内に抜いているのでは、と思われる節すら、ある。 「あのままでは、残虐な人斬りになってしまう」 彼を少し刀から離すのが一番だ、と古参の者は感じていたがなかなか言い出せない。 そうこうしているうちに新参の隊士たちが、清三郎を不用意にからかい、この騒ぎらしい。 「俺、沖田先生か斎藤先生呼んで来る」 見かねた一番隊隊士がそっと、大広間を抜けていった。 暴れん坊と化した神谷を止められるのは、沖田先生か斎藤先生のみ、と暗黙の了解である。 「神谷さん、何事ですか!」 ついに隊士を追い詰めて、切りかかろうとしていた清三郎がぴく、と止まった。 「お、沖田先生っ!」 さっきまでの勢いはどこへやら、清三郎は狼狽した。 「神谷さん、座りなさい」 「でも! こいつらがっ!」 後から、刀を押さえる人が居る。 「清三郎、下ろせ」 「あ、兄上……」 沖田と斎藤、二人の先生に言われては、どうしようもない。 清三郎は、刀を引っさげたまま、呆然とした。 「神谷さん、あれほど、気安く抜いてはいけないと言ったでしょう」 「あ、私、また抜いたんですか……」 沖田と斎藤は、思わず顔を見合わせた。 「神谷、近頃おかしいが、何かあったのか?」 清三郎は、ぺたん、と座りこんだ。 その日、夜遅くまで局長の部屋の灯かりは消えず、沖田、斎藤、神谷の三人は戻ってこなかった。 数日後。 沖田と清三郎は、臨時の任務に出た。 表向きは、 「怪しい浪人が居るとの報が入った、数日潜伏してつき止める」 というものだ。 なのに、何故か清三郎は刀を差していない。 あの後も、相変わらず刀を振り回し続け、騒動を起こしたので危機を感じた沖田が取り上げている。 そして、暫く隊を離れて、心を鍛えなおせ、と土方が密かに命令を出した。 「清三郎、しっかりしろ」 門のところで、斎藤が励ました。 「はい、兄上……」 (剣に憑かれる、とはああいうことなのか?) 沖田に連れられて歩く清三郎はひどく痛々しく見えた。 |