河辺の家―秋の風―

 ここは、河辺にある総司とセイの新居。
いつも誰かが訪ねて来ていて賑やかな家なのだが、珍しく今日はお客がいない。

 昨日までの雨がうそのように晴れ渡り、見事な秋晴れの午後。
総司とセイは二人揃って縁側に出ていた。
セイは繕いものをし、総司はそれを見ながらお茶を飲む。
「総司さま……」
冷たい風が、二人の間をすり抜ける。
ふいに、セイが針を動かす手をとめ、総司の袖を握った。
「なんです? セイ」
「あ、いえ……何でもありません」
着物が放され、セイはてきぱきと裁縫道具を片付けはじめた。
そんなセイを見て、総司は少し考えた後、くすっ、と笑った。
「セイ」
「はい……きゃあ」
ふわり、と抱き寄せられて、セイは驚く。
「あなたは甘えたがりのさみしがりやのくせに、甘えるのが下手ですねェ」
耳元で囁かれ、セイは真っ赤になる。
けれど、すっぽり抱きしめてくれる総司の温かさを感じ、呟いた。
「私、甘え方なんて教わりませんでした……」
頭の上でくすくすと笑う気配がし、セイがそっと顔を上げると総司の柔らかい微笑がそこにあった。
「いいんですよ、私が教えてあげますから……」
 抱きしめられていると、不思議にセイの体から力が抜けていく。
同時にさっき感じた、妙な寂しさが消え去っていく。
「総司さまの腕のなかって、すごく気持ち良い……」
「でしょう? それは私があなたを愛しているからですよ」
セイは微かに頬を染め、完全に総司に体を預けた。
そんなセイを愛しく思い、総司は腕にちょっと力を込める。
「セイ、私もね、寂しくなる事はあるんですよ」
「え?」
「ですから、恥じたりせずに私を呼んでください。夫婦なんですから」
「……はい」
更に身をくっつけてきた妻の額に夫は優しく口付けを落とした。
珍しく抵抗がない。それどころか、うっとりと潤んだ瞳が見上げてくる。
「セイ?」
「少し、わかりました」
「何がです?」
「愛し、愛されるって……こういう事なのかなって……」
夫婦になってからだと思うが、総司は『大好きですよ、神谷さん』と言わずに『愛していますよ、セイ』と言い出した。
セイはそこに大差はないと思っていた。
(私ったら、総司さまの……沖田先生の何をずっと見てきたんだろう)

 「総司さま、愛しています」
総司の腕の中で小さな声が聞こえた。
そして、セイの真っ直ぐな瞳から涙が零れた。
ふっ、と総司が照れたような笑みを浮かべた。
「まったく、あなたには敵いませんね」
セイの涙を指で掬い、総司はセイの唇に己の唇をそっと重ね合わせた。