河辺の家―土方はみた― ここは、川辺にある総司とセイの新居。 居間には、今日もお客さんが来ている。 一番隊にいた神谷清三郎が実は女子だと発覚し、総司が娶ったのが、今年の春。 その祝いに、新選組の幹部達が金を出し合って、この小さな家を買ってくれたのだ。 そこへは非番の隊士たちが、頻繁に休みに来る、一種の休憩所となっている。 そして、今日は土方副長が、遊びに来ているのだ。 土方は苦虫を噛み潰したような表情で縁側に座っていた。 土方が通された部屋の片隅では、監察の連中と男装のセイが密議中。 よって、出迎えからお茶の準備など、全て総司がやる。 しかも、その手付きが慣れているのだ。 更に湯を零したとなると、即座に雑巾をどこかから持ってきて拭う。 (俺は屯所のどこに雑巾があるかなんて知らねぇぞ……) そんなことを考えていると、ひょいと総司が顔を出した。 「土方さんは、あまり甘くないお茶菓子がいいですよね」 「何でも構わん」 にこにこ笑う総司を前にすると、どうも怒る気が失せる。 まもなく、お茶が運ばれてきた。これがまた、美味い。 「今日は泊まって行けるのでしょう?」 「そのつもりだが?」 「わぁ、嬉しいな。ちょっと私はバタバタしますけど、お茶飲んでてくださいね」 そう言って総司は静かに部屋の片隅へ声をかけた。 「……おセイさん?」 話し声がやみ、ぴたりと静かになった。 「何ですか?」 「土方さん、泊まっていけるそうですから、お話しが終わったら稽古してもらいなさい」 「はい、わかりました」 聞くでもなく聞いていた土方はお茶を吹き出した。 (普通は、食事の用意とか、風呂の準備を頼むだろう?) 相変わらず総司はにこにことして、さっさと襷をかけはじめている。 「……総司?」 「あぁ、土方さんはゆっくりしててください。今から夕餉のしたくしますから」 「お前が?」 「ええ。セイは今日、お仕事で忙しいですからね」 ふんふんふん、と鼻歌でも歌いそうな勢いで総司は井戸へ向かった。 と、腕一杯の野菜を抱えて戻ってきた。 「これ、私とセイで作った野菜なんですよ。土方さんがくる前に、収穫して冷やしておいたんです 山南がわざわざ、尋常の家庭ではない、と言った訳がわかった。 (これでは夫婦、というより……同居、じゃねぇか!) 「神谷!」 「はい、何でしょう、副長」 「家の中でくらい、女物の着物を着ろ!」 溜まりかねた土方がとうとう喚いた。 食後も総司がてきぱきと家事をこなし、セイはというと、庭で勇ましく竹刀を振っている。 「なっ……」 絶句するセイを他所に、土方の説教は続く。 「妻らしく、とか、女らしく、とかはいわねェ。監察を許可した俺の責任でもあるからな。だがな、総司の妻となった以上、家の中では女に戻れ! わかったか!」 土方に延々と夫婦揃って説教され、セイはしぶしぶ女物の着物に身を包んだ。 「いっ、いかがでしょう?」 「うわぁ、可愛いですよ、おセイさん」 妻を褒める夫、それに喜ぶ妻。 (やれば夫婦らしく出来るじゃねェか) 土方は少し、満足した。 さてセイだが、着るものが変わると、心までかわるらしい。 立ち居振舞いが女子のものに変わり、まるで別人だ。 「総司、お前どうして、男装を改めさせないんだ?」 「え、だって、あんな可愛い姿でいたら、攫われちゃうかもしれないでしょ」 「……大人しく攫われるような奴か?」 「奴なんです」 セイの剣の腕前や気性、身軽さを知っている土方にはどうもよくわからない。 「セイ、ちょっといらっしゃい」 手をふきながらやってきたセイに、総司は軽い不意打ちを食らわした。 普段のセイなら難なくかわし、反撃に出るはずである。 が。 「きゃああ」 呆気なく総司に捕らわれ、力なくばたばたともがいている。 土方は思わず目をぱちぱちとした。 (こ、これがあの神谷か?) 「……ね、心配でしょ?」 「なるほど……」 総司は、腕の中のセイをぎゅっと抱きしめた。 「なっ、何するんですか、総司さまっ」 「うふふ。セイ、あなたはあなたの好きな様に生きてくださいね」 土方はじゃれあう二人に背を向けてお茶を飲んでいた。すっかり、自分のことは忘れられた様だ。 (しかし、まだまだ、飯事の延長だな、総司) ふいに、セイと総司の会話が耳に飛び込んできた。 「ねぇ、総司さま。土方副長は近藤先生の女房ですよね」 「そうですよ」 土方は密かに突っ込んだ。 (違う、女房役、だ!) 「私は近藤先生を父も同然と思っています。ってことは、土方副長が母上ってことになっちゃうんです」 「それでいくと私は土方さんの弟分ですから、あらら、私達、もとから親戚関係だったんですねぇ」 ふふふ、と笑い合う声が聞こえる。 「ついでに、私達に子が出来たら、近藤先生がおじいちゃんで、土方さんがおばあちゃん、ってことですよね」 「じゃあ、原田先生たちは、みんな親戚のおじちゃん、ですねっ」 ぷぷーっ、と総司が吹き出し、けらけらと笑いこけている。 土方は、大きな溜め息をついた。 (近藤さん、俺たちゃ、総司の育て方を間違ったかもしれねぇ……) |