河辺の家―藤堂はみた―

 ここは、川辺にある総司とセイの新居。
 居間には、今日もお客さんが来ている。
 一番隊にいた神谷清三郎が実は女子だと発覚し、総司が娶ったのが、今年の春。
 その祝いに、新選組の幹部達が金を出し合って、この小さな家を買ってくれたのだ。
 そこへは非番の隊士たちが、頻繁に休みに来る、一種の休憩所となっている。
 今日は藤堂平助が、遊びに来ているのだ。

 「藤堂先生、いらっしゃいませっ!」
 たたたっ、と走り出てきたセイを見て、平助は内心苦笑した。
(山南さんに前もって言われてなかったら、驚くよね、この男装)
 少年とも少女ともつかない可愛らしさに磨きがかかっている。
「お邪魔するよ、神谷……じゃなかった、おセイさん」
「どちらでもいいですよ〜」
 微笑むセイはやっぱり可愛い。つられて平助も、笑顔になる。
「ささ、上がってください」
 平助はちょっぴり戸惑った。
 いくらつい先日まで同じ屋根の下で寝食を共にしていたとはいえ。
 いくら男装で相当に剣を遣う相手とはいえ。
 亭主のいない留守宅に、男の自分が入るのはいかがなものかと。
「総司は? いないんだったら、俺……」
「大丈夫です。お団子買って、すぐ帰ってきますから」
「相変わらず、なんだね……」
「はい」
 セイがふいっ、と遠い目をした。つられて平助も、遠くを眺める。近くを流れる川で、魚がぴちゃん、と跳ねた。
「そういえば、今度、庭に川の水を引きこんで船着き場みたいなのを作るんだって?」
「沖田先生が、家に舟が欲しいって言い出したんです」
「へぇ、風流じゃん」
「でも、誰が舟を漕ぐんでしょうね? 私、船頭できませんし」
 ぷっ、と平助が笑ったところへ、ばたばた、と足音がした。
「お団子買ってきましたよ〜!」
 包みを抱きしめ、満面の笑みを浮かべて、一人の男が駆けて来る。
 それは、道行く人の視線を一身に浴びた男・沖田総司。
「は……恥ずかしい……」
 平助とセイが慌てて他人の振りをしたのは言うまでもない。

 (うーん、やっぱり変わってるよ、この夫婦)
 平助はしみじみと、思った。
(土方さんも、心配するはずだよねぇ……)
 今日の平助は、セイが手に入れた情報を屯所まで持って帰る役目を担っている。
 だから、部屋の片隅で密談をしているのだが、しょっちゅう総司が顔を出す。しかも、その会話が面白い。
「セイ、お湯のみがないんですけど……」
「こほん、私は今、神谷清三郎です。それから、お湯のみは昨夜割れました」
「ええっ?」
 きょとん、と首を傾げ、一向に立ち去る気配のない総司。セイの額につつ、と青筋が浮かび上がった。
「今は隊務中ですっ!」
 ぎらり、とセイの愛刀が煌く。
「わぁ、ひどいですよぅ〜」
 総司がぴょん、と飛び下がる。
(どうしよう、面白い!)
 平助は見てみぬ振りをするのに必死だ。畳の縁を指でなぞったり、庭の花を数えたり。
 しかし、平助の耳はしっかりと夫婦の会話を聞いてしまう。
「あ、そうか、昨夜……」
「ええ、そうですよ! 総司さまがあの時あんまり激しく……」
「でも、うまくなったでしょう?」
「そ、そんなのわかりませんってば!」
 怒鳴ってしまってから、セイがはっと口を押さえた。
 妙に意味深な会話を聞かされて顔がきらきら輝いた平助が面白そうにこちらを見ている。
「あの時って? 何がうまくなったの?」
 セイはぎょっ、としたが、総司はへらっ、と笑った。
「いやだなぁ、大した事じゃないんですよ。昨夜、ちょっと激しくしすぎちゃいまして」
「総司さまっ!」
 慌ててセイが総司の袖をひくが、総司は一向に気にしない。
「どうして、湯のみが割れるわけ?」
「セイったら、途中で逃げるんですもん。捕まえた後、うっかり私が手加減なしで攻め込んだ時に、蹴飛ばしてしまったみたいです」
「へ、へぇ……」
 このとき、平助は完全に夫婦のコトだと確信したらしく、しきりにセイを見、総司を見、何かを納得したらしく、頷いている。
 セイは真っ赤になった。
(藤堂先生、絶対誤解してる〜)

 実は昨夜、『神谷流の稽古』をしていたのだ。しかし、『神谷流』を伏せなければ、と咄嗟に判断した総司が、『稽古』という単語までもご丁寧に抜いて話してしまったため、平助が勘違いをしてしまったのだ。
 しかし、稽古の後で総司が普段より激しくセイを可愛がったことも事実なので、否定するのもセイは些か心苦しいのだ。
 そんなセイの胸のうちを全く無視して、総司は二言三言、平助と会話をした後、るんるん、と台所へ向かっていった。

 「で、会合は三日後の朝になりました」
「朝?」
「はい。夜明けと共に集結、だそうですよ」
 平助はセイの情報収集能力にびっくりした。勿論、監察の連中と一緒になってやっているのだろうが、驚くほど細かい情報が手に入る。
「人数は?」
「恐らく、十人以上は。もしかすると、もっと集まるかもしれません。その場合、彼らは三部屋にわかれて……」
 セイがそこまで言った瞬間、台所から、うわーっ、というさけびが聞こえてきた。
「へ? 総司?」
 平助がきょとん、とする間もなく、風のように総司が部屋へ飛びこんできた。
「セイ、お饅頭食べちゃったんですか?」
 手にはおまんじゅう、と書かれた空き箱を持っている。
「ええ、今朝頂きました。昨夜の疲れが残っていたので」
 微かに頬を染めてセイが言った。平助は心底びっくりした。
(総司ってもしかして、夜は豹変するのかな? あ、でも、総司の剣術は激しいからそれと同じかも)
 そんな平助にお構いなしで、総司が心配そうな表情を浮かべる。
「そんなに、キツかったですか?」
「キツかったですよ!」
「すみません、セイ。今夜から気をつけますね」
「い、いいえ! 手加減はなしでお願いしますっ!」
「へぇ、言いましたね。今夜は眠れませんよ、セイ」
「望むところですっ!」
(なんだ、二人とも夜は普通の夫婦なんだね。土方さんや山南さんに、心配ないよって教えてあげよう〜)
 平助が満足そうな笑みを浮かべたのに、二人は気がつかなかった……。