河辺の家―相田と山口は見た―

 セイは縁側で、針を動かしていた。脇には、黒の紋付き羽織や袴などが散乱している。
「どうしてこんなことにっ……」
 セイの目は既に血走っている。

 今朝、総司が風呂敷き包みを抱えた相田と山口を従えて帰ってきた。
「セイ、セイ、ちょっと手伝ってください」
「おかえりなさ……総司さま、なんですか、これ?」
「大至急、これらを直してくださいっ! 明日必要なんです」
 ぱんっ、と総司に拝まれて、セイは頷くしかなかった。

 「明日、隊士みんな揃いの格好しなくちゃいけないって言うんで、久しぶりに隊服を引っ張り出したんですよ」
 お茶を煎れながら総司が言う。
 相田と山口は、セイが直したものを抱えて、屯所まで届けにいっている。
 彼らにはもう二往復くらいしてもらわねばならないだろう。
「きちんと管理していたはずの近藤先生のでさえ、こんなになっていて驚きました」
 慌てた土方が至急全員の隊服を調べた所、虫食い有り、ほつれ有り、破れ有り。中には適当に丸めて仕舞っていた者もあったという。
「各々直せ、といったところで、直せるはずないので、セイ、あなたに白羽の矢が立ったわけですよ」
 セイは、心の中で
(あの鬼副長めぇ〜っ)
と罵ったが、手は休める事がない。
 そこへ、
「山口です」
「相田です」
 と、声がした。総司がはぁい、といって玄関まで走っていく。
「沖田先生、これが土方副長からの書状です。こっちは近藤局長からおセイさん宛てです」
「ごくろうさまでしたね。上がってください」

 総司の煎れてくれたお茶を飲みながら、相田と山口は、セイをじっと見つめた。
「俺、こうやって神谷とまた話せるとは思わなかったな」
「そうだな」
「もうすっかり、若奥様が板について……」
「女子の姿、全然全く違和感ないよな」
 ふいに、近藤局長からの文を読んでいたセイが微笑んだ。
「総司さま、相田さん、山口さん、これが全部片付いたら、一緒に食事をしようって近藤先生からです」
「え?」
 三人が揃って驚きの声を挙げる。続いて、土方からの書状を読んだ総司が声を挙げた。
「相田さん、山口さん、私達、今日は特別休暇を与えるって土方さんが……」
「えーっ?」
 セイが嬉しそうに笑った。
「うふふ、頑張ったご褒美ってことかもしれませんね! まだまだ残ってますけど、がんばりましょう〜!」
(神谷が喜ぶなら、なんだっていい……)
(神谷が笑うなら、なんだっていい……)
 俄かに相田と山口に気合いが入る。総司は苦笑しながら、指示を出した。
「では、山口さんは、この直し終わったものを屯所へ届けてください」
「はいっ」
「相田さんは、近藤先生と土方さんに返事をお願いできますか?」
「心得ました」
「では、お二人とも、気をつけて……」
 総司の言葉が終わらない内に二人は脅威の早さで遠ざかっていく。
(やれやれ、相変わらずセイは人気者ですねぇ……)
 総司は軽く溜め息をついて、セイの元へ向かった。
 せっせと針を動かすセイの姿は美しい。
 総司は、束の間二人きりなのをいいことに、セイを背後から抱きしめた。
(セイ、あなたはなかなか、私だけのものになりませんね……)