喧嘩

 その時、沖田総司は抜き足差し足で屯所の廊下を歩いていた。
(どうか、誰にもみつかりませんように……)
見つかれば、五月蝿く言われるのがわかっている。

 神谷清三郎を怒らせたのは他でもない自分だ。
でも、仲直りをする切欠を失って、はや十日になる。
(神谷さんも、他の人に八つ当たりなんて、大人気ないですよね)
などと、清三郎が聞いたら怒り狂いそうなことを考える。

実は稽古にかこつけて当たられた隊士がぼろぼろになる、これがここ一週間ほど続いている。
(昨日も、一昨日も誰かが苦情を言いに来てましたっけ)
ふぅっ、と溜め息をついた総司の前が、突然暗くなった。
ぎくっ、として足を止めると、そこには、一番隊隊士の相田の姿が。
「沖田先生! いい加減に神谷と仲直りしてください」
「仲直りって、神谷さんが悪いんですよ?」
「理由は知りませんけど、神谷の怒りを解けるのは沖田先生だけです」
「はぁ……」
「いいですか、絶対に仲直りしてください!」
「で、でも!」
歯切れの悪い総司をじろりと睨んでから相田は続ける。
「一週間で、神谷に打ちのめされた隊士は全部で6名。そのうち重症が2名」
そんなにいるのか、と総司は内心驚いた。
「神谷の怒りが収まるまでは、俺達、近寄れません」
そりゃそうですよねぇ、神谷さん怖いですから、と総司は心中呟く。
「このままでは、隊務に支障がでます! 以上、報告終わり」
くるり、と引き返して行く背中を見送って、総司はずるずると床に座りこんだ。
(最近の相田さん、ちょっと怖いよぅ……)
結局この日は、仲直りをする事が出来ず、清三郎は寄ってくるなオーラを放ったまま。
総司は隊士の冷たい視線を浴び続けた。

 「神谷さん、仲直りしましょう」
「え?」
翌日。
稽古へ向かう清三郎を木陰へ連れこんで、総司は正面切って話し掛けた。
「神谷さん、もう二度と大嫌い、なんて言わないでくださいね?」
「は、はい。すみませんでした。売り言葉に買い言葉とはいえ……」
総司の笑顔に清三郎の表情がぱっと明るくなる。
「よかった〜、本当に神谷さんに嫌われたかと思っちゃいました」
「私が沖田先生を嫌う事なんて、まずないですよ?」
「嬉しいですよぅ〜」
がばっ、と総司が清三郎に抱きついた。
良く晴れた空に、清三郎と総司のじゃれあって楽しそうな声が響いた。

 その後。
やれやれ、と胸をなでおろした隊士たちは、こっそりこんなことを言い合ったという。
「喧嘩するのもいいんだけどな……」
「仲直りくらい、自分達だけでやって欲しいよな」
「世話の焼ける人たちだぜ……あ〜疲れた……」