春、その青年は桜の木を毎日見に来ていた。 夏、その青年は京都・大阪へ行った。 秋、その青年は函館へ行った。 冬、その青年はまた桜の木を見ていた。 めぐりあい 10 総司は、じっとセイを見つめた。言いたいことは沢山あったが、何一つ出てこない。 「私は……何百年も、あなたを愛しているんですねぇ……」 総司が人懐っこい笑みを浮かべた。つられてセイも笑みを浮かべる。 「私もですよ、沖田先生。私達、相当執念深いんですね……」 「神谷さん……そう言っちゃお終いですよ……」 再び総司がセイをきゅっ、と抱き寄せた。ここでようやく、セイの体が随分冷えていることに気がついた。 「神谷さん、この寒空だというのに、随分薄着ですね」 かく言う総司も、大して厚着をしているわけではないが、首からマフラーを外してセイの首にかけてやった。 (やっぱり沖田先生優しいよ〜! 嬉しい〜!) セイは背伸びをして、真っ赤な顔で総司の耳元に何か囁き、総司が嬉しそうに、頷いた。 それから数日後の夕方。 学校帰りのセイを捕まえた総司は、桜の木の下にいた。 木の幹に背を預けて腰を下ろした総司は背後からセイを抱きしめている。セイの小さな体は総司の胸にすっぽりおさまる。 (神谷さん、まだ中学生なんですね……まだ結婚できませんねぇ……) 「神谷さん、寒くないですか?」 「大丈夫です」 ふと、総司はセイの右手首の痣を見つけた。そっと、細くて白い腕をつかむ。 「これは何ですか?」 「手貫緒の跡です。この痣が浮かんできて、そしたら、昔のことを思い出したんです。これに触れたら、沖田先生が必死で私を呼ぶ声が聞こえて、夢中で家を飛び出したんです」 そりゃ、必死でしたよ、と総司は照れくさそうに笑う。 「だって、もう会えないのかと思ってしまったんですもん」 そう言いながら、総司はごそごそと上着のポケットから小箱を取り出し、セイの手のひらにのせた。季節柄、ホワイトクリスマス風のラッピングが施してある。 「開けてください」 セイが軽く頷き、リボンや小箱を丁寧に外していく。中から出てきた、ビロードで覆われた箱をぱか、と開いた瞬間、セイの動きが止まった。 「……これ!」 桜をモチーフにした、ピンクダイヤの指輪が輝いている。 「サイズ、合ってると思うんですけど」 総司がセイの左手薬指におっかなびっくり指輪をはめた。 「やっぱりぴったりでした!」 「沖田先生、すっご〜い!」 きゃあきゃあとセイが背後の総司に抱きつく。 (神谷さんの指、細くて折れちゃうかと思いました……) 「沖田先生、ありがとうございます! 一生大事にします!」 ふいに、セイの声が涙声になった。 「相変わらず、泣き虫さんですね……」 総司は素早くあたりを見回した。幸い、誰もいない。 首に齧りついて泣くセイをよいしょ、と引き離し、さらっと髪を撫でた。 「神谷さん」 ふっ、と顔を上げた頬に、総司は軽くキスをした。 (唇には勿体無くて、触れられませんよ……) 何時の間にかすっかり日が落ち、目と鼻の先にある、セイの暮らす屋敷まで総司は彼女を送っていった。 「沖田先生……」 セイが切なそうな表情をした。ずっと背後にあった総司のぬくもりが離れていくのが寂しい。けれど、自分から抱きつくのは、はしたない気がして、セイは伸ばしかけた左手を引っ込めた。 「あ、いけません!」 総司が不意にその左手を握った。そして、するっと指輪を外してセイの右手にさっさと付け替えた。 「どうしたんですか?」 「この指輪は、過去の私からです。左手は、現在の私の為にあけておいてください」 大真面目な顔でこんなことを言われ、セイは唖然となった。けれど、たちまち息が詰まるほどの幸せを感じて、セイは真っ赤になった。 「はい、わかりました!」 潤んだ瞳で上目遣い、そんなセイに見つめられて、総司は自分の耳まで赤くなるのを感じた。 (ああっ、愛らし過ぎますよぅ……) 「では、また……」 ちょん、と指でセイの唇に軽く触れ、呆気に摂られるセイを残して疾風のごとく夕闇に姿を消した。 その日の夜。セイの携帯が、メールの受信を告げた。 鞄からいそいそと取り出すと、何時の間にかストラップがつけられている。 「あれ、これ……」 見覚えのある、ストラップ。確か、中村五郎がつけていたのと同じだ。 (誰のだろう?) くるり、と『誠の旗』ひっくり返した、そこにあった名前は……『沖田総司』。 「やだ、沖田先生……」 届いたメールも、総司からだった。 『あなたのストラップが出来るまで、私のをつけていてくださいね 総司』 セイは、暫く考えて、 『私のストラップは沖田先生がつけてください セイ』 これを受信した総司が大喜びし、土方に喧しい、と叱られたのは言うまでもない。
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