ちび平助の日常・第6話

 「平助、無理だって……」
「もう少し大きくなってから! な?」
「だってぇ……はちばんたいのくみちょうはとうどうへぇちゅけってかいてあったもん」
 巡察に行こうとしていた新八と左之助は思わず顔を見合わせた。
 「はちばんたいがいくなら、へぇちゅけもいく!」
 平助はさっきから、自分も巡察に行くといって、左之助と新八を困らせていた。
 当然、何事かと、八番隊隊士たちもぞくぞくと集まってくる。
「たしかに、八番隊組長は藤堂先生だが……」
「どう考えても、幼児に巡察は無理だよなぁ……」
 うっかり隊士の一人が漏らした失言に、平助は食って掛かった。
「もう、おとなでしゅ!」
 その一言が、一同の笑いを誘ったことは言うまでもない。

 しかし、本人は真剣そのもの、口を真一文字に結んで、てこでも動かない構えだ。
「左之、どうする?」
「駄目だといって大人しくなる平助じゃないからなぁ……」
 不精髭を撫でながら新八はちらちらと平助を眺めた。
「……よし、平助、巡察へ行くぞ! 支度をして来い」
「お、おい、新八っあん!?」
「あいっ!」
 ばたばた、と奥へ駆け込んで行く背中を見送って新八が呟いた。
「昼間だしな。天気も良い。連れていってもいいだろう」
「けどよぉ……」
「左之の十番隊も一緒だし、八番隊は俺が率いるんだ、なんとかなるさ」
 
 こうして、本日の巡察は一風変わったものとなった。
 先頭を行くは、些か大きい袴をはいて腰に竹刀をさし、タレ目の男に手を引かれた幼児。
 そのすぐ後に、不精髭の男が続き、そのうしろに、隊士たちがいる。
 道行く人が目を見張ったり、くすくす笑ったりするため、隊士たちは恥ずかしくて仕方ないが、やっぱり先頭の平助は大真面目だ。

 と、ふいに、平助が走り出した。
「どろぼう」
 叫ぶなり、腰の竹刀を抜いて、今すれ違った男の太ももあたりを叩いた。
「な、なんや、こん餓鬼!」
「しゃのー! ぱーあん! どろぼうでしゅ!」
 ぱしぱし竹刀で引っ叩きながら平助は叫んだ。たかが幼児の襲撃、と侮ってはならない。平助の『けんじゅつ』はなんとも荒っぽいのだから。
 かくして平助は、左之助と新八がのんびり追いつくまでの間。その男を打ちつづけた。
「平助、どうした?」
「このひと、どろぼうでしゅ」
 ひっ、壬生狼や、とその男は顔が青くなった。
 その様子が尋常ではないので、新八と左之助は軽く頷きあった。
「平助、どうして泥棒なんだ?」
「ひとのふところにおてていれて、とったの」
 どうやらスリを働いた現場を平助は見たらしい。
「ほう、それは穏やかじゃねぇな」
 左之助が、睨みつけると、男は逃げようと、回れ右をした。
「にげるなっ」
 すかさず、まわりこんだ平助が竹刀で男の向こう脛を打った。
「ぎゃあ!」
 地面に転がってのたうち回る男の懐から、財布が三つと、手紙が出てきた。
「なんだこりゃ……」
 それを拾った新八の目の色が変わった。男は顔面蒼白でがたがたと震えている。
「スリの技をいかして、過激派の手紙を運んでたってわけか……」
 すれ違い様に、差しだし人の懐から手紙を掏り取る。
 そして、受け取り人の懐へ、ねじ込む。
「ちょっと屯所まで来てもらおうか! 誰か縄!」
 新八の声で隊士がどどっと囲み、男はがっくりと項垂れた。
「平助、お手柄だな!」
「あい!」
 
 その日の夕餉、いつも歳三と一緒に来る平助の姿がない。
「トシ、平助は?」
 それに真っ先に気がついたのは、局長だった。
「疲れたのか、ぐっすりねむっていたから、起こさずにきた」
「幼児にとっては大冒険だっただろうな」
「局長、俺も巡察行きたい……」
「副長は巡察がないんだが……」
 珍しくぷくっと膨れた歳三を抱き上げて、近藤は笑った。
「よし、今度黒谷へ行くのに、護衛としてきてくれるか?」
「行く!」

 数日後の早朝、眠そうな顔をした歳三が、源さんに手を引かれて局長の傍に居る姿が目撃された。
 同日、疲れて眠りこけている歳三の傍を、平助が一番隊隊士に手を引かれてそっと通りすぎた。
彼は今から巡察へ出掛けるのだ。
「きょうは、そーじとしぇいがいっしょって、いとーがいってた……」
「藤堂先生、今日も頑張りましょう!」
「あい!」

 こうして、平助と歳三に、新たな仕事が増えたのだった。