求めるもの

 総司は荒く肩で息をしながら、刀に拭いをかけた。
(また今日も、死ねませんでしたね)
足元に転がる志士も、相当な遣い手だったが、総司に傷一つつけることすら敵わなかった。

 己の病がかなり進行していて、手の施し様がないことは疾うに知っている。
病が進行するのと同時に、総司の中で一つの思いが強くなっていく。
『労咳ではなく、新選組隊士として、死にたい』
と。
その秘めたる思いゆえか、近頃の総司は無茶をやってのける。
不逞浪士の溜まり場と聞けば一人で斬り込んで行く事すら、ある。

 だが、幸か不幸か、総司の思いは届くことなく、今日まで来ている。

 それもこれも、単に総司が強すぎるからに他ならない。
いくら総司が斬られたいと思っていても、一度敵と対峙すれば、そこは天才剣士、勝手に体が動き、相手を切り伏せる。
さらに、総司の思いを嘲笑うかのように、彼の剣技はいよいよ冴え渡ってきている。
(こんな鬼、病でしか殺せないのでしょうかね)

 懐に、処方してもらった薬があることを確認して屯所へ向かう。
(隊士として死ぬためには、ある程度元気じゃないといけませんからね)
その為に、総司は口が曲がりそうなほど苦い薬湯も、のみ続けている。
「遅くなると、土方さんが心配しますから少し急ぎましょうか……」
そう呟く総司の顔からは、強烈な思いを抱いている影は微塵も感じられない。
また、そう人に感じさせないところに、総司の不思議さがある。

 「総司、遅かったじゃねェか」
門の所で、土方に会った。
「すみません。気分が良かったので、散歩をしていたんです」
土方は、けっ、と吐き捨てた。
「吐くならもっとましな嘘を吐け。血の匂いを纏って何言ってやがる」
総司はぺろ、と舌を出した。
「言いたいことは山ほどあるんだが、近藤さんが呼んでる」
「はい」

 土方は総司の背を見送って、溜め息をついた。
(あいつは、何を求めてるんだ?)

 一時は、医者にも通わず、薬湯もほとんど飲まずに捨てていた。
が、近頃、急に医者に通い出し、薬湯もきちんと飲んでいる。
このカンの鋭い男にも、総司が何か強烈な思いを抱いている事はわかっていてもその中身までは推し量る事が出来ない。
本人に問いただしてみても、
「嫌だなぁ、そんなの、何もないですよぉ〜」
と、のらりくらり、と笑うだけだった。

 その後、決定的に土方に疑惑を抱かせる事があった。
頻繁に血の匂いを纏って帰ってくる。
はじめの頃こそ、喀血したのかと疑ったが、どうも、そうではない。
思い起こせば、総司が再び積極的に薬湯を飲み出した頃から、それははじまっている。
(これだけは、やりたくなかったんだがな……。監察を動かすか……)
土方はそう心を決め、近藤と総司が談笑する局長室へと向かった。