お日様

 鐘の音が聞こえ、俺は目を覚ました。
「副長、おはようございます。お加減、いかがですか?」
「神谷?」
昨夜、俺は倒れた。
昼間、雨に打たれ、ずぶ濡れになったままでいたのがよくなかったのか、高熱が出た。
たまたま俺の部屋に文を届けに来た神谷が、早々と寝ていた俺の手当てをしてくれた。
「随分楽になった……。お前、夜中、ここにいたのか?」
「はい。勝手に押し入れに寝ておりました」
「そうか」
俺は幾度となく、気がついていた。
冷やした手拭いを取りかえる小さな手に。
滲んだ汗を拭い去る白い手に。

 「副長、体起こせますか? 着物を着替えないと……」
「ああ、すまんな」
異常に体が重い。それと察知した神谷の手を借り、なんとか着替える。
「ふぅ……寝こむなんざ、久しぶりだ」
苦笑を浮かべる俺に、神谷は窓を開けながら微笑み返した。
「たまにはいいじゃないですか。副長は働きすぎです。休んでください」
「そうか、な……」
働き過ぎだ、休め。
いつも、近藤さんや総司が俺に言うが、俺は休んだことはない。
しかし、不思議なもので、神谷に言われると、休もうかと言う気になる。
「お粥作ってきますから、待っていてください」
「いや、食いに行くから構わん」
これ以上、神谷の世話になるわけにはいかない。こいつだって通常の隊務がある。
だが、起きあがって一歩踏み出した瞬間、足元が不確かになった。
「!?」
「駄目です、まだ熱が高いんですから。大人しくしていてください」
あっさり布団に押し戻され、神谷はそのまま部屋を出ていった。

 神谷が出ていくと、ふいに、部屋の中が暗くなった気がした。気のせいに過ぎないが、落ちつかない。
『神谷さんはお日様みたいですよね』
総司の言葉が俺の脳裏を横切った。
「明るく照らして、温める……。その光りに皆が惹かれるのか」
どうやら俺もその一人らしい、と気がつき、一人柄にもなく赤面してしまった。

 結局、俺はそのまま四日も寝こんだ。神谷が毎日泊まりこみ、看病してくれた。
久しぶりに心穏やかな時を過ごしたような気がする。

 しかし俺が最も驚いた事は、神谷が俺の部屋へ仕事の一切を持ち込ませなかった事だ。
見舞い人一人一人に、仕事の話しをしないよう、頼んでいたらしい。
「神谷、随分世話になったな。礼を言う」
「いいえ、私は何も。でも、暫くは大人しくしていて下さいね」
「気をつける」
「約束ですよ」
わかった、と頷きながら、神谷とこうして穏やかな時を過ごすのならば、倒れるのも悪くない、などと考えてしまった事は秘密だ。