総司の告白 「総司?」 窓辺でいつも以上にぼーっとしている総司に、平助が声をかけた。 「ああ、藤堂さん!今、毎日のように見る夢について考えていたんです」 そういって総司は盛大に溜め息をついた。 「どんな夢?」 「神谷さんが刺客に襲われて攫われる夢なんですけどね……」 ここで総司の声がぐっと低くなった。 二言三言、話したあと、平助が素っ頓狂な声を挙げた。 「総司、やっと気がついたの?」 「まぁ、朧気ながらには」 平助がまじまじと総司を見る。 「で、どうして総司はまだここに居る訳?」 「え?」 きょとん、とする総司を平助は無理やり立たせて、部屋の外まで引っ張っていった。 「総ちゃん、いいこと? ちゃんと神谷と話してくるんだよ?」 「何をですか?」 大きな目をくるり、と動かして平助は総司の肩を叩いた。 「攫って閉じこめてしまいたいくらい、好きなんですって言うんだよ」 総司が突如真っ赤になった。 「言えませんよ、そんなこと!」 「駄目だよ、言わなきゃ屯所に入れてあげないからね」 「藤堂さぁん、そんなぁ……」 無情にも、ぴしゃん、と戸が閉められ、総司は途方にくれてしまった。 しかし、このままここに突っ立ってるわけにも行かない。 (神谷さん、今の時間なら洗濯をしているでしょうね) 考える間もなく、足が勝手に清三郎の方へ向かった。 総司は気がついてしまった。 いや、平助によって、気が付かされてしまった、と言うべきか。 総司が見た夢を聞かされれば、誰だって総司の気持ちくらいわかってしまう。 (そうですよねぇ、夢の中で神谷さんを襲った刺客は私なんですもんねぇ……) 更に夢の中で総司は清三郎を小姓にして傍においていたのだ。 平助が言うには、日ごろから神谷を独占したい気持ちがあり、それの現れらしい。 そんな夢を見ること自体、神谷をとても好きなのだ、と。 一生恋はしない、と誓う総司ゆえ、気がつかなくても不思議はない、とも付け加えてくれたが。 (でも、どうして私の誓いを藤堂さん、知っているんでしょう?) 平助は総司の誓いを知っているわけではない。 総司を観察した結果導き出された答えに過ぎないのだ。 (あれ?) はたと立ち止まった総司の前に、土方と談笑(実際は口喧嘩だ)する清三郎が現れた。 土方の清三郎を見る目つき(実際は挑戦的なもの)が、総司にはひどく慈愛に満ちたものに思われた。 また清三郎の目つき(こちらも実際は好戦的なもの)が、総司には縋るようなものに思われた。 瞬間、総司の中で何かがはじけた。 「土方さんっ!」 「おや、総司?」 「あ、沖田先生」 つかつか、と歩いて行き、二人の間に割り込む。 「土方さんには近藤先生が居るでしょう!」 即座に清三郎を土方から引っぺがして、しっかり小脇に抱える。 「そ、総司???」 「いいですか、土方さん! 私の神谷さんまであげませんからねっ!」 あまりの剣幕に、土方は良くわからないが、 「お、おお……」 と、頷くしかなかった。 土方を追い払った総司は、ようやく清三郎を地面に下ろした。 「沖田先生?」 「良いんですよ、神谷さん」 実はこれを、そっと見ていた人物が居る。平助だ。 彼は、ちょっぴり心配になって、総司のあとをつけていたのだ。 (ああ、総司、大丈夫かなぁ……) 「神谷さん」 「は、はいっ!」 「あのですね、私は、あなたを閉じこめて攫ってしまいたいくらいなんです」 総司の言葉に、清三郎はきょとんとした。 「あ、あの沖田先生?」 「だから、夢を見たんです」 ますます清三郎は不思議そうな顔をするが、総司は気がついていない。 これを見て平助は、一人涙を流した。 (嗚呼総司のばか……) 当然総司は自分が何を口走っているのかもわかっていない。 「神谷さん、私、あなたが大好きみたいな気がしないでもないんですけど、あなたはどうですか?」 「あ、あの……」 ますます、清三郎の目が点になり、平助はふらふらと地面に座りこんでしまった。 (総司……なんでそんな言い方が出来るんだよ、こんな時に……) 平助がさめざめと涙を流してたら、隣に人の気配がした。 ぎょっとして見上げると、何とも言えない顔をした土方がいた。 彼も一部始終を見ていたらしい。 「平助……俺は総司があそこまでどうしようもない奴だとは思わなかった」 「土方さん……同感……」 「神谷も、苦労するな」 「ホントに」 二人が盛大に溜め息をついたとき、清三郎は必死に脳味噌を働かせていた。 (あなたはどうですか、と聞かれた以上、返事をせねば!) しかし、なんと答えたら良いものか……。 清三郎の沈黙をどう捕らえた物か、総司が満面の笑みを浮かべた。 「突然の事で驚くのは承知の上です。だから、答えを考えておいてください」 「あ、はい」 「そうですね、三月後には返事がもらえると嬉しいです」 (三日じゃなくて三月!? そんな先でいいのか、総司!) 土方と平助はそう思ったが、清三郎は別なことを考えた。 (きっと何かの謎かけなのですね、沖田先生!) 「わかりました、沖田先生、私頑張って解きます」 「頼みましたよ」 そう言い残して、総司はすたすたと歩み去っていき、清三郎もその後を追い掛けていった。 一方、後に残された二人は呆然としていた。 「平助、神谷は絶対勘違いをしたな」 「うん。解く、って言ってた……」 「総司が謎めいた台詞をいうから神谷は謎解きだと思ったんだろうな……」 「しかも総司、誤解を与えたことに気がついてないよね」 「……そうだな」 「野暮天の師匠を持つと、弟子も野暮天になるんだね」 「言うな、平助。力が抜ける」 「土方さん、今見たこと、内緒にしておこうね」 「当たり前だ。みっともなくて吹聴できねぇよ」 木陰に突っ立ったまま、会話を続ける二人を、原田と永倉が不思議そうに見ていた。 |