近藤屋敷・5

 ひとしきり笑ったあと、セイはふとある人物に目を留めた。
「あれ……コンツェルンGENの会長さんじゃないですか!」
 近年大成長を遂げた大企業の名物会長、テレビで何度も見ている顔だ。
「ああ、そうですよ! 井上源三郎さんです」
「っていうと……ああ! 井上先生だぁ!井上先生もここに住んで……?」
 源さんが照れた様に米神をかくのと、新八と左之助が溜め息をつくのが同時だった。
「いや、わしは、会社の方に部屋があってそっちに……」
「セイが来るっていうから、今日、遊びに来たんですって」
「わ、そうだったんですか! これから、よろしくお願いします!」
「いやいや、こちらこそ」 

 その後もにこやかに誰とでも挨拶するセイを眺めて、総司はちょっと心配になった。
(なんだか……誰かに取られそうで、怖いです)
 しかしセイはセイで、違う事を考えていた。
(私、こんな中でちゃんと暮らせるのかな〜、心配だよー!)

 食後、総司はその場にごろーんとひっくり返った。
「はぁ〜美味しかった〜!」
「良かったですね、沖田先生!」
「嫌ですねぇ、私のことは名前で呼んでください、って言ったでしょう」
 セイの脳裏に、指輪を貰った日のことが甦った。
 去り際に、総司はセイの耳元で『総司、と呼んで下さいね、セイ』と囁いていた。
「でっ、でもっ……」
「ペアリングを持つ仲ですよ? 気にすることはないでしょう?」
 総司は片肘をついて上半身を起こすと、シャツの襟元から細い鎖を引っ張り出した。そこには、セイの指輪と同じデザインのものがついている。
 ただしセイに渡した指輪はピンクダイヤがついていたが、総司のはブルーダイヤだ。
「ペアリングだなんて、聞いてませんよ!」
「あれ、言ったつもりだったんですけど……」
 総司はそう言いながらセイの首に同じように掛かっている、鎖を引っ張った。
 その拍子に、総司の指がセイの鎖骨に触れた。
「ひゃあっ!」
「なんて声をあげるんです、まったく!」
「す、すみません……」
(今のは沖田先生がわるいよー!)
 セイの心の叫びに気がつくこともなく、総司はセイのペンダントをくるくると弄んでいる。
「相談しなくても、考えることは同じですね」
 やっぱり、セイも指輪をペンダントにしていたのだ。
「あ、あの、そろそろ放して……」
 そう、ここはさっきまで食事をしていた場所だ。当然、人がまだいる。
 好奇の視線に気がつき、セイは真っ赤になった。
「いいじゃないですか。私達は仲良しなんですから」
 (大好きですよ、セイ)
 総司がセイを抱きしめた。

 「いいや、よくねぇ!」
 いきなり、背後から声がした。同時に、総司の腕が強制的にセイの体から離された。
「おや、おかえりなさい」
「総司! まだ手を出すな、と言っただろうがっ!」
「いやだなぁ、手なんて、出してないですよぅ!」
 セイは、突如現れた美男に驚いていた。
「沖田先生! こちらの美形はどちら様でしょう?」
 良く見ると、セイの目がキラキラ輝いている。
 美形の男……土方歳三は、にやり、と方頬を歪めて笑った。
「俺は土方歳三だ。今は高等部の体育教師をやっている」
「うそ……かっこいー……」
 セイの唇から、感嘆の呟きが洩れた。
 それを聞きつけた総司が眉間に皺を寄せたが、セイは気がつかない。面白がった土方は、くいっとセイの顎に手を掛けた。
「童だ童だ、とあん時は思っていたが……。こりゃ磨けばイイ女になる」

 次の瞬間。
 居間に居た皆が、あ、と言った。
「きゃあ! かっこいー!!」
 そう叫んだセイが、がしっ、と土方に抱きついた。
(すごい……鬼副長ってこんなに美形だったんだ!)
 これみよがしに、土方もセイを抱きしめる。
 ちらり、と総司を見ると、口をぽかーんと開けている。
(面白ぇ!)
「セイ、だったな。あとで、近藤さんの部屋……いや、俺の部屋へ来い。いろいろ、(学校の手続きが)あるんでな」
「はいっ!」
 セイをとん、と放した土方はゆったりと居間を引き上げていった。

 はっ、と皆が我に帰った時。
 総司は魂がすっかり抜け、セイは魂が土方の方へ飛んでいき、うっとりとしていた。