春、その青年は桜の木を毎日見に来ていた。
 夏、その青年は京都・大阪へ行った。
 秋、その青年は函館へ行った。
 冬、その青年はまた桜の木を見ていた。

めぐりあい 4

 「道場、遊びに来ないか? 会わせたい人がいるんだ」
中村五郎は思いきって誘ってみた。
生まれてこの方、女の子を誘ったりなどしたことがない。
(うへぇ、原田先生ってこんな勇気のいること、昔からやってんのか)
妙な所で尊敬してしまう。
セイはちょっと考えた後、にこっ、と笑った。
「うん、行ってみたいな。剣道、お兄ちゃんが昔やってて、興味あるんだ」
「じゃあ、決まりだな」
(先生方、絶対驚くぞ!)

 セイは大きな目をきらきらさせながら、近藤屋敷の前で飛び跳ねていた。
「すごい! 純和風建築だぁ!」
「和風、好きなのか?」
「うん。昔からお寺とか神社とか好き。懐かしい感じがする」
「そうか……」
「あれ、中村。ここに張り紙が……『幹部は大会で留守』って」
「なんだって?」
五郎は愕然とした。
このくねくねした筆跡は原田先生のものにちがいない。
その横に細々とした注意書きがあるが、それは斎藤先生だろう。
「そんな……ひでぇ……」
それは違うぞ、中村五郎。幹部たちはちっとも酷くない。
先週へらへらしながら沖田先生が『私達、皆でおでかけなんです〜』といっていたではないか。
きちんと話を聞いていなかった己が悪い。
「強い人たちに会えないのかぁ、残念だな……」
クスクス笑いながらセイが言う。
「中村、連れてきてくれてありがとう。また、機会があったら来ても良いかな?」
「あ、うん。お前なら先生方大歓迎だぜ」
「それは嬉しいな。いつかまた、来れるといいなぁ……」
鞄を抱えて、飛び石の上を跳ねるセイはとても綺麗だ。

 五郎は焦った。このままでは幹部たちに彼女を会わせられない気がしてきたのだ。
昼間、彼女の友人たちに聞いたところ、やはり彼女は親戚の人と上手くいっていない。
本人は何も言わないけれど、かなり辛い思いもしてるのでは、ということだった。
それに、いつ、転校するかもわからない、と。

 庭を案内しながら、五郎はぼんやりと考えた。
(でも俺、富永が実は神谷だと皆に知らせて、どうするつもりなんだ?)
幹部や自分たちが……ことに沖田先生が……必死で探している人物が目の前に居たことで、皆にそれを知らせることしか頭になかったような気がする。
「そうだよなぁ、みんな会いたがってる……それでいいんじゃ……」
思わず声に出してしまったらしく、前を歩いていたセイがくるりと振りかえった。
「なんだ?」
「いや、何でもねぇ!」
「中村、稽古しなくていいのか?」
「今日は……いい」
「先生方にいいつけてやろ〜」
「なっ、なんだと!」
「んべ〜っ」
明るい元気な笑い声があたりに響き渡った。

 その日、学校から帰ったセイは自分の部屋で机にむかっていた。
(中村ってあんな面白い奴だったんだ……。でも、いいな、和風のお屋敷……)
セイが今お世話になっている家は、どこからどうみても洋館で、和の欠片もない。
遊びにきた友達が、バルコニーへ出たときに、
「現代版ロミオとジュリエットができるよ〜! 建物と言い、構造といい!」
と、言ったほどなのだ。
(ロミオとジュリエットねぇ……誰か、来てくれるのかなぁ……)
セイはくっきりと右手首に浮かび上がった紐の痣を撫でた。
撫でるたびに、誰かに呼ばれている感じが強くなる。
(誰? 神谷清三郎はここですよ……?)
中村五郎と過ごした後、少し、昔の事を思い出した。
自分は神谷清三郎と名乗っていて、お里さん、という女性にお世話になっていた。
あの中村五郎は十番隊で、十番隊組長の原田先生は、永倉先生、藤堂先生とよくつるんでいた。三人が何かやらかすと、鬼副長が怒鳴っていた気がする。
(その頃私は……?)
いつも、誰かが自分の手を引いてくれた気がする。
その人はいつも神谷さん、神谷さん、と可愛がってくれた。
(で……誰?)
セイは考えるのが嫌になって、ベッドへダイブし、そのまま眠りに落ちた。