春、その青年は桜の木を毎日見に来ていた。
 夏、その青年は京都・大阪へ行った。
 秋、その青年は函館へ行った。
 冬、その青年はまた桜の木を見ていた。

めぐりあい 7

 総司は、道場で一人稽古に励んでいた。
 中村五郎から聞かされた話しは、俄かに信じられなかった。
(神谷さんがこの近くに住んでいて……先日はここへ遊びにきた……本当ですかね)
 それに、五郎と交わした会話が、総司の頭の中をぐるぐる廻る。

 「沖田先生が信じないなら、それでいいです。でも……」
「なんです?」
「だったら、俺にもチャンスがあるんです」
「チャンスですか?」
「富永セイはすっごく可愛いです。沖田先生がいらないんなら、俺が貰います」
「ええっ!?」

 (知識はあっても、記憶が殆どないってことは、私のこともわからないんですよね……)
 盛大に溜め息を吐いた拍子に、せっせと振っていた振り棒がびゅん、と総司の手から飛んでいってしまった。
「あ、あれ?」
 どうやら、それを誰かが受けとめたらしい。ぱしっ、と音がした。
「ったく、あぶねぇっ!」
「歳三さん?」
 くるり、と後ろを向くと、ジーパンにトレーナー姿の土方がいた。和装も似合っていたが、こうして洋装もぴたりと似合う、色男である。
 眉間に皺を刻み込み、手には振り棒。まさに、『鬼に金棒』の図。その鬼はいきなり総司を怒鳴りつけた。
「総司、慣れねぇことはするんじゃねぇ!」
「なんです?」
「お前に考え事しながら稽古、なんて器用な真似ができるもんか」
「あはは……」
 総司はぽりぽりと米神を掻くくらいしか、反応できない。

 「……というわけなんですよ」
 「ふーん、そりゃ、いくら『神谷』で探してもみつからねぇはずだな。まさか『富永』で生まれ変わってるとは……」
 稽古着のまま、総司は土方の部屋へ来ていた。
 和室だったのを土方が勝手に改造し、洋室にしてしまったこの部屋。
 ソファーに腰掛け、長い足を組んでコーヒーを飲む土方はカッコイイ。
 総司は稽古着でソファーに腰掛けるのがどうも落ちつかず、絨毯の上に正座していた。
「総司、神谷に、いや、富永セイに会うだけあってみたらどうだ?」
「でも、神谷さんは私のことを思い出してないんですよ?」
 土方は、ふっ、と昔と変わらない笑みを口元に浮かべた。
「いいじゃねぇか。昔のことは抜きにしてお前の女にしちまえばいいだけのことさ。中村の話しだと、いい女らしいじゃねぇか」
 総司はぽかんと口をあけて、兄分を眺めた。次第に総司の頬が緩んで苦笑が洩れる。
「相変わらず、女性に対しての思考が乱暴ですねぇ……」
「そうか? お前が奥手過ぎるだけだぜ」
「そうでもないですよぅ……」
「兎に角、住所を教えてもらったんだろう、見に行くだけ見に行ってみろ。お前をみてあっちが何か行動を起こすかもしれねぇしな」
「そう、上手く行きますかねぇ……」
 総司の呟きを無視して、土方はテレビをつけた。
 ちょうど時報が夜10時を告げ、全国のニュースが始まった。ニュースを見だした土方は相手をしてくれない事を知っているので、総司はゆっくりと腰をあげた。
 その背に、土方が声をかけた。いつになく、優しい声音で。
「神谷のことが一段落したら、ちゃんと講義に出ろよ」
「え?」
「奇跡的に大学まで行ったんだ、卒業しろ」
「奇跡的って……うちの学校はエレベーターでしたっけ、エスカレーターでしたっけ、どにかく大学までさーっといけるんですよ?いくら私でも……」
「それでも内部試験に合格しなきゃ容赦なく叩き落とされるのに、お前、ホントによく突破できたもんだ」
「うう……」
「やはり、斎藤と平助は、使えるな。感謝しろよ」
ひどいですよぅ〜という総司の声が屋敷に響き渡った。