春、その青年は桜の木を毎日見に来ていた。
 夏、その青年は京都・大阪へ行った。
 秋、その青年は函館へ行った。
 冬、その青年はまた桜の木を見ていた。

めぐりあい 8

 「中村、今日も道場へ行ってもいいかな?」
「おう」
 あの日以来、セイはちょくちょく道場へ遊びに来る。だが、五郎の心中はなかなか複雑だった。
 会わせたくない人たちが、セイに会わせろ、と、群がってくる。
 会わせたら良いと思う人たちが、何故かいつも、居ない。
(沖田先生、何やってるんだよ〜っ!)

 「ふえっくしゅん……風邪でもひきましたかねぇ……」
 その頃、総司は、毎日の様にセイが住んでいる家の廻りを歩いていた。中村五郎が持ってきた情報と、大阪の私立探偵山崎が調べてくれたセイの情報が一致したのだ。
(大きなお屋敷ですね……お金持ちのお嬢様ってかんじです)
 家の中から、中年の女性が出てきた。胡散臭そうに総司をじーっと見つめる。
 思えば、昨日も一昨日も、こちらを見ていたような気がする。そしてついに今日、彼女は怪しい者だ、と確信を持ったのだろう、
「あんたっ! 毎日毎日何してんだい! 警察呼ぶよっ!」
 見事な大声で怒鳴った。
 総司は突然の事に、泡を食った。
「わ、わ、すみませんっ!」
 駿足を存分に披露し、その場をあっという間に退散した。背後で女性が何か言ったような気がしたが、気にしていられない。
 総司はいつもの桜の木の陰に腰を下ろし、溜め息をついた。意外にも、この桜の木、セイの住む屋敷の目と鼻の先にある。
(これで、暫く近寄れなくなっちゃいました、神谷さぁん……)
 『こんなに頻繁に目と鼻の先に来てるのにどうして会えないんですかねぇ……』という何度繰り返したかわからない独り言が無意識に総司の口から洩れた。

 セイはセイで、暇さえあれば、過去の記憶を呼び起こそうと頑張っていた。
 本名が富永セイ、父と兄の敵討ちのために神谷清三郎となって新選組へ入った、ということまではようやく思い出した。
 そして、そこでいつも手を引いてくれ、守って、助けてくれた人の影はぼんやりと思いうかぶものの、具体的な顔までは出てこない。
 何か手がかりにならないかと買いあさった新選組に関する書籍が、部屋には散乱しているが、どれを読んでも、ピンとこない。だから、
「あはは、写真が残ってるんだ〜。ゴツイ顔〜! へぇ、役者のような男って本当なのね」
とか
「そうだ、今週のN●K大河は……。うふ、やっぱり総司役の人、カッコイイなぁ。でも、鬼副長役も良いなぁ〜……」
 などなど話しが大きく逸れてしまうのが常である。
(あ〜もう、私を呼ぶのは誰なのよっ! さっさと姿を現せ〜っ!)
 スッキリしないことが腹立たしくて、兄の形見の竹刀をブンブン振りまわした。
(そういえば、昔、刀じゃなくって……そう、小柄使って戦う練習してたんだっけ)
 小柄の代わりに、ボールペンを手に持った。
(こうやってかわして……相手の首筋を狙って)
 見えない敵に向かって、小柄に見たてたペンを揮う。
 昔のように一つに結わえた黒髪が、動きに合わせて左右に動く。
「やぁーっ!」
 我知らず、気合いが唇から洩れ、セイははっと我に返った。
 一つ苦笑してペンをペン立てに戻して、机に飾ってあるテディベアに話し掛けた。
「近藤屋敷で、こんな剣法、だれも使ってなかったよ。私、誰に教わったんだろう?」
 イライラは募る一方、セイは竹刀を元に戻し、机に向かった。一番上の引き出しをあけて、中から色紙を取りだす。 
 先日読み漁った新選組関連の小説の中で、主人公が折り鶴を折るシーンがあった。
 それが実際に折れるか試してみたところ、見事に二羽が繋がった鶴が折れた。
 それ以来、モヤモヤしたりイライラするときは、連鶴を折ることにしているのだ。
(随分折ったよね……千羽になる頃には、会えるかなぁ……先生に)
 「え? 先生って誰? どの先生よ?」
 セイは慌てて手近にあった資料を丹念に読みなおした。
(神谷清三郎は一番隊だったんだよね……一番隊は沖田総司……沖田先生……)
「沖田先生?……沖田先生!」 
 セイは右手首の痣を撫でた。手貫緒をつけてくれたのは沖田総司ではなかったか。
 神谷さん、神谷さん、と可愛がってくれていた。
(私を呼ぶのは、沖田先生なのですか?)
 箱に詰められていた折り鶴が、ばらばらっと床に散らばった。
 大小様々な鶴。もうすぐ、千羽になる。