ちび平助の日常・第2話

 そのとき、平助は珍しく歳三と二人でいた。
 監察から、ある料理屋に大物が潜んでいるとの連絡を受け、幹部たちが行ってしまったのだ。
 屯所に残ったのは、
「いつも算盤を弾いている優しいお兄ちゃんと、どうもいけ好かない変なおじさんとその取り巻き……」
と、歳三が言って憚らない人物だ。しかも、彼らはどうも、頼りない。

 その、いけ好かないおじさん、とは伊東参謀のことなのだが、どうしたわけか、平助は彼に懐いている。
 ついでに歳三は、常日頃思っている。
(あのおじさん、平助を手なずけて、攫って食べてしまうつもりだ!)

 いつもは誰かが平助の傍にいるので、攫われる心配はない。
 ところが今日は、頼れる人間がいない。
(そうだ、俺が平助の傍にいればいいんだ! 平助を護るぞ!)
 歳三の頭の中で屯所を出る直前の左之助の言葉が響いた。
「平助の面倒を見てやってくれ。よろしくな、お兄ちゃん」
 よろしく、といわれて具体的に何をすれば良いのかわからないが、とにかく平助を一人にしてはいけない、ということは想像がつく。
 彼は一つ頷くと、部屋の中で棒切れを振っている、平助の傍へ行った。
「平助、あそぼう!」
「とし!」
 『し』が『ち』に聞こえないこともないが、そこはご愛嬌。
「剣術の稽古か? よし、俺がつけてやる!」
「あいっ!」
 平助が全開の笑みでよたよたと近寄ってくる。
 歳三もつられて笑った。

 が、歳三はたちまち自分の行動を後悔した。平助が振った棒が、歳三の額を直撃したのだ。
「いたい……」
 じんわり目に涙がうかぶ。
(泣いちゃ、だめだ! 俺はお兄ちゃんだ!)
 零れそうになる涙をこらえて、自分もいつも持ち歩いている竹刀を腰から抜いて剣術のまねごとをする。
 が、平助の、強烈な面をよけそこなって、再び額を強打した。
「うう、いたい〜……」
 蹲り、目を瞑って涙を堪える歳三の膝に、温かいものが触れた。
「とし〜、いちゃいの? ごめんなちゃー」
 そっと目を開けると、今にも泣きそうな、大きな黒い瞳がじっとこちらを見つめている。
「平助……」
「とちぃー、ごめんなちゃぁー」
 とうとう、平助は大粒の涙を流して泣き始めた。
(可愛い……)
「平助、案じるな。俺は大丈夫だ」
 いつも左之がやるみたいに、歳三は平助の頭をなでた。
「とし〜! しゅき〜!」
 平助は、がばーっ、と歳三に抱きついた。
「うわっ!」
 叫びと同時に、どったーん、とものすごい音がした。
「あう? とし?」
 
 「土方くん! 土方くん! これはいけない、誰か気付け薬を!」
 音を聞きつけて、伊東参謀が駆け付けたとき。
 歳三は仰向けにひっくり返り、頭を打ったのか気を失っていた。
 そして、そのお腹の上には、きょとん、とした平助が乗っていた。