ちび平助の日常・第3話

 「うおーい、今帰ったぞ〜」
「しゃの〜! しー、なの!」
 賑やかに、幹部連中が屯所に戻ってきたとき。
 玄関に平助が仁王立ちしていた。
「おや、藤堂さん、どうしたんです?」
 総司が平助のぷくぷくした頬っぺたを突つきながら言う。
「とし、と、おじたん、ねんねなの!」
「平助、おじたん、ってどのおじたんだ?」
 左之助が首を傾げる。
 平助は、名前が覚えられなかったりあまり親しくない者は、『おじたん』もしくは『にいたん』で片付けてしまう。
「んちょね、い、い……」
 山南がぽん、と手を打った。
「伊東、かな?」
「あい! いとー!」
 ぷぷ〜っと総司が吹き出した。
 伊東参謀が嬉しそうに眠る歳三少年を眺める姿が目に浮かぶ。
「そーじ、しー、なの! めっ!」
「はいはい」 
「平助、ちょっと退こうな」 
 左之助がひょい、と平助を抱き上げた。
 いつまでも玄関に仁王立ちされたのでは、後がつかえてしょうがない。

 「で? どうして、としは、寝てるんだ?」
 興奮気味にちょろちょろと動き回る平助を新八が捕まえて肩車する。
「としとね、けんじゅつしたの。そしたら、ひっくりかえったの」
 新八は首を捻った。
 誰が聞いても、『剣術をした』ということと、『ひっくり返った』、ということしか喋ってくれない。
 一番気になる、「何故ひっくり返ったのか」がわからない。
 そこで、新八は考えた。
(けんじゅつ、とやらをやってみるか……)
「平助、俺と剣術するか?」
「あい!」
 平助はどこに隠していたのか、かなり太い棒切れを持ってきた。
「ちゃあーっ!」
 気合いを真似た奇声を発して、平助が突っ込んできた。
「うをっ!」
 新八は思わず飛び退いた。幼児とは思えぬ、棒さばき。
(これをくらってひっくり返ったな……)
「ちえーっ!」
「うよーっ!」
(こんな滅茶苦茶な棒さばき、危ねぇ……!)
 しかも厄介なことに隊士の稽古の真似なので、荒いことこの上ない。
 新八と遊んでいる間に襖が二箇所破れ、新八の手足に、少々の痣が出来た。
 当然、平助も傷が出来ているが、一向に怯む気配はない。
「さすが、さきがけ先生、だぜっ!」
「ふぎゃあ!」
 ころん、と平助がひっくり返った拍子に、平助の手から棒きれがふっとんだ。
 すかさず新八がそれを取り上げ、『けんじゅつ』は終わった。
 
 その直後。
 平助に棒を持たせるべからず、と新しい法度が出来た。
 それ以降、棒が持たせてもらえず、平助は可愛い顔を膨らませて拗ねている。